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研究のためアメリカまでやってきました。海外生活や研究に使っているショウジョウバエの話を徒然に書いています。この小さな手にいかほどの夢をつかんで帰ることができるのだろうか・・・
by takabo34
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長い戦いが終わった・・・

やおうやく、私の研究論文が某ジャーナルにほぼacceptされた(らしい)。

ホット胸をなでおろす。

この研究は2000年から開始していた。
着想は1999年。

私は自分のインスピレーションを大切に研究を進める。
もちろん、過去の報告を基に理論を構築していくわけだが・・・
1999年には私の予想を否定する論文が出ていた。

その当時、旧通産省管轄の某研究所で非常勤研究員として働いていた。
もちろん研究テーマはこの論文のテーマとは違っていた。
その時には別のテーマの研究をしなければならなかった。

どうしても自分の予想が正しいことを証明したく、
記憶の研究ができる某地方大学の研究室のpositionを得た。

それから私の戦いが始まった。


研究の世界では、やはり間違った報告をしてしまうこともある。
研究者は嘘をつきたくて嘘の論文を書くわけではない。
たまたまそういう結果を得てしまうことがあるのだ。

そういう間違った論文が世に出てしまうと、
それを否定するのは、単に新しい発見をするよりも大変である。
やはり、先行論文を重視する傾向があるからだ。

はじめて論文にまとめたのは2年前。
いくつかの有名国際誌に投稿するも、
先行論文の壁が立ちはだかる。

これでもか、これでもか、と追試を重ね。
毎年登場する新しいテクニックを少しずつ取り入れ、新しいデータを出す。
先行論文と全く同じ実験もこなし、
これでもか、これでもか、と再現性がないことを証明していった・・・

2回目の投稿での審査結果は微妙なものだった。
3人の査読官の意見が割れた。
accept
reject
revice
編集員の判断で、reject。
理由は
「この論文をうちのジャーナルに公表するのはまだ少し不安だ・・・」

あと一人、
あと一人好意的に受け止めてくれれば・・・

泣けた。

この日は家に帰り、
浴びるほど酒を飲んだ。
あの時の涙は悔し涙だった。

    まだ納得していただけないのか?
    いったいどこまでやらせれば気が済むのか?
    私が日本人だから信用してくれないのか?

翌日からは
めげそうになる気持ちを奮い立たせた。

    私の考えは、間違っていない。
    間違っていないんだ・・・

研究の合間をぬって、アメリカにも飛んだ。
2ヶ月間の猶予をもらい、
記憶研究の一線で活躍している研究室を訪ね、
私の研究の紹介をさせてもらった。
慣れない英語を使い、うまく説明ができない。
でも、とにかく必死だった。

    信頼してもらわねばならない・・・

その時に知り合った研究者の1人と共同研究という形をとることになった。
「信頼してくれる研究者が日本以外にいた・・・」
なんともいえず、うれしかった。

帰国後、考えつくことは全てやりつくした。
そして、気づくと研究開始後4年が経過していたのだった。


今、私は、私に手を差しのべてくれたアメリカの研究者のラボにいる。

私の所属していた日本の某大学では、
今年から私の所属研究室が解体されることになり、
私の研究を遂行することが困難になることが分かっていたのだ。

公務員バッシングの激しい時代。
国立大学の独立法人化の波が押し寄せていた。
基礎研究へのシワ寄せは軽視できず、
大学も国や納税者にウケのいい、
すぐにヒトに還元されそうな研究を優遇する時代に突入していた。

ショウジョウバエを使った研究を
容認するだけの懐の深さが
一地方大学には無かった・・・

    寝る暇も惜しんで戦ってきた報いがこれか?
    事務員の日焼けを横目に、
    休み返上で研究に打ち込んできた報いがこれなのか・・・

    5年10年後に花開く研究だけでいいのか?
    50年100年後を見据えた研究を
    時代の流れで消し去ってしまっていいのか?

我々下っ端には弁解する余地すら与えられなかった。
ただ、えらい教授達の決定を飲み込むだけだ・・・
もちろん、教授陣でも意見は割れたと思う。
が、最終的には時代の流れに従う結論に達した。

    もう少しで先行論文を打破できるのに、
    自分の力の及ばないところで先に進めなくなるのか?
 
失意のどん底で、また彼が手を差しのべてくれた。
「アメリカの私の研究室で研究してみませんか?」
今回の論文の研究を引き続きやって欲しいということだった。

また泣けた。

    これまでの4.5年が 活かされる・・・

私は日本にいろいろな未練を残したまま、
アイオワに旅立つ決心をした。
日本ではできないことをするために・・・

今回acceptされた論文の続きの研究を今は進めている。
今回の論文で分かったことの、その先がどうなっているのか?
それが知りたいだけだ。

私の長い戦いは一応終わったが、
これは単なる通過点にすぎない。

これからは私の挑戦が始まる・・・
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by takabo34 | 2004-09-05 02:10 | 海外生活
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